スタンレー電気株式会社

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1920-1950 1950-1970 1970-1990 1990-2000

創業、ゼロからの始まり

「おれは日本一になる」。そう決意してスタンレー電気の前身である北野商会を立ち上げたのは、1920年12月29日のことだった。自動車電球を中心とした特殊電球を扱う店を開くことになった。北野隆春30歳のときである。

東京市芝区(現・東京都港区芝)に住居兼店舗を借り、自らの城とした。そこにあるのは使い古された机と椅子、そしてなけなしの貯金280円のみ。資本金なし、従業員なし、得意先なし、在庫品なし。何もない、まさにゼロからのスタートだった。



「スタンレー電気」誕生の由来

自動車電球を主体とした特殊電球を主な取り扱い品目とした北野商会であったが、1920年当時、国内の自動車台数は7、8千台足らず。各種の自動車電球を取り混ぜてもひと月に2、3千個もあれば間に合ってしまう。これでは商売は成り立たないことは百も承知である。隆春の経営戦略は、創業当時から世界に狙いを定めていた。

輸出を行うとなると、なによりもまずオリジナルの商標(ブランド)を持つことが必要になった。当初隆春は日本らしい名前にしようと考えを巡らせたが、熟考を重ねた末に思いついたのが「スタンレー」の名であった。この名は、イギリスの探検家ヘンリー・モルトン・スタンレーにあやかったものである。彼はアフリカ各地の探検、コンゴ自由国建設への貢献など、「世界に光明を掲げた」人物としてその名を知られている。



不世出の大探検家、ヘンリー・モルトン・スタンレー

ヘンリー・モルトン・スタンレー(1841-1904)はイギリス生まれの探検家だ。スタンレーにまつわる有名なエピソードが、ディヴィッド・リヴィングストンとのアフリカでの遭遇だ。リヴィングストンはヨーロッパ人で初めて当時「暗黒大陸」と呼ばれていたアフリカ大陸を横断した探検家である。1869年、スタンレーはアフリカで消息を絶ったリヴィングストンの捜索の命を受ける。並々ならぬ苦労の末、スタンレーはアフリカの奥地でリヴィングストンと対面した。

ヘンリー・モルトン・スタンレー

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